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●1054号2007年10月21日
【一面トップ】イラクとインド洋から一切手を引け イラクとインド洋から一切手を引け 福田内閣は、テロ措置法を通すのは諦めて、厳密に給油活動だけを認める新法を成立させることによって、形だけの「国際貢献」を継続させようとしている。そんな形だけのものは、あってもなくても、実際には何の影響もないのである。それが意義を持つのは、アメリカの帝国主義的な野望を覆い隠すからであって、アメリカは世界中の多くの国によって自らの野蛮な軍事行動が支持され、後援されていることを示さなくてはならないのであり、だからこそ日本が手を引くのを恐れるのである。 福田内閣は、新法はこれまでの特措法と違って何か立派な法律であり、抜け道やごまかしをなくすであろうと請け合っている。 給油による日本の石油は「復興援助」のためのものであり、戦闘行為に無関係である等々、これまで政府が公言してきたことが全くの虚偽であるのは、二十万ガロンと言われていた数字が実際には八十万ガロンであったことが明らかになった時点で――政府側の弁解は、事務的な間違いで、誰かが記録するとき間違えたというのだから大笑いだ――、また給油された米空母がペルシャ湾に展開していて、事実上イラク侵攻作戦に参加していたことが暴露された時点で、すでに事実上確認されてしまったのである。 ただ福田内閣が、その虚偽を率直に、全面的に認めることができないのであり、ごまかしをさらに積み重ねているだけである。すべての国民もマスコミも、政府自民党の連中でさえ、福田や石破が言っていることが基本的に嘘であり、言い抜けるための、ごまかすためのウソ八百であることを知っている。 彼らは、特措法が米軍の武力行動を助けたから新しい法律にすると言うが、しかし新法がそうならない保障は何もない。高村新外相は十日国会で、民主党の岡田の追及を受けて、海自が一時期、アフガン本土を攻撃する艦艇へも給油活動をしたことを認め、「だから新法だ」と強弁した。 しかし高村は自分の言っていることが、どんな意味を持っているのかをわかっているのだろうか。こんなにも安易に、これまで政府や国家のやってきたこと、言ってきたことを否定し、ひっくり返していいのだろうか。 今では福田内閣自体が、すでに安倍内閣と違って、海自が「憲法違反」の行動をしていたことを認めるのであり、だからこそ、それを許さない新しい法律を作り、それで「国際貢献」を続けると言うのである。 それはいいとして、それなら、これまで「憲法違反」の行動を繰り返し、また虚偽の情報を流してきた責任は、誰が、どんな形で取るというのか。福田内閣以前の問題だから関係ないと済ますことができないのは明らかである。 しかし福田内閣はその点については全く沈黙するのだが、これはちょうど、教科書から真実の記述を削って、虚偽を押しつけたことが明らかになり、政府も再度教科書を書き替えて事実上元に戻すと言いながら、検定制度を悪用して教科書に虚偽を盛り込んだ悪党たちを摘発し、彼らの責任を明らかにし、追及しようとしないのと同様である。 安倍内閣から福田内閣に代わり、安倍内閣のやり方を修正するというのだから問題ないというのか。しかし内閣が代わればそれで済むといった問題ではない。 舛添は、年金問題で数十万の汚職に手を染めた役人を断固告発すると息巻くのだが、ではなぜ、そんなこっぱ役人よりも何百倍、何千倍もの大罪を犯した政府や議員たちや上級の役人たち――舛添の“お仲間”たち――を告発しようとしないのか。大立回りを演じて空人気を得ようと策動するこの男は、“けんか”する相手をまちがえている。 高村は、「今はやっていない」と弁解し、ごまかしたが、今はやっていないということは、これまではやっていた――政府や国が説明してきたことと違って――ということを、自ら白状したに等しいのである。 彼らの罪が「今はやっていない」ということで棚上げされるというなら、年金横領の小役人も無罪ということになる、というのは、彼らはすでにそのカネを返却し、また解雇という形で“社会的制裁”も受けている、と地方自治体の首長が主張している通りだからである。 政府自民党や高級官僚たち、反動たちは、反省などとは縁がないばかりではない、“社会的制裁”も全く受けず、権力に隠れてさらに悪事を重ねようとしているのだから、こうした巨大悪を企み、実際に行ってきた連中の方が許しがたのは明白である。 高村は、新法での給油では、これまでと違って、「空爆支援艦」をはずす(憲法違反だから)と言うのだが(つまり高村はすでに、これまでは「空爆支援艦」にも給油をしていたことを事実上明瞭に認め、それを真実のこととして前提しているのだ)、果たしてそんなことが可能なのか。またそれが仮に可能だとしても、そんな矮小な活動に、一体どんな意味や意義があるというのか。 建前はともかく、インド洋に展開するアメリカを中心とした艦艇が、イラク戦争やアフガン戦闘のためのものであって、それを目的としていることは自明のことであって、それに関係する艦艇に給油しないというなら、自衛隊が給油するような船は取るにたりないようなものに限定されるのであり、したがってそんな活動を継続する意義など実際にはほとんどないのである。ただそこに行っている、存在している、ということだけである。 それは「国際貢献」といった大したものではなく、単なるカネの無駄使いであって、止めるにこしたことはないのである。高村の言うことや福田がやろうとていることはマンガであり、形だけ、名目だけの因循姑息にすぎない。 しかし反動どもはヒステリカルにわめくのである、インド洋での活動を中止すれば、かつて湾岸戦争のときに言われたような非難――日本は「国際貢献」において不真面目だ、カネだけ出して人を出さない、他の国が血や汗を流しているときに、どんな“危険な”活動からも手を引いている等々――をまた受けることになり、国際的に孤立し、評判や影響力や発言力を失い、ますます二流国、三流国に後退していく、湾岸戦争以来一五年間、苦心して積み上げてきた地位――憲法の制約、その手かせ、足かせにもかかわらず――を一挙になくしてしまう、そんなことになっては非常にまずく、“国家的な”利益を失う、と。 しかし彼らの言う「国際貢献」とは何か、国際的孤立とは何か。湾岸戦争当時、日本を非難したのは実際にはアメリカほか二、三の国があっただけであって、圧倒的な多数の国々は別に日本を批判したわけではないし(アラブ諸国などはむしろ日本に“好意的”であった)、またとりわけ世界中の何千万、何億の労働者人民たちは、日本がアメリカなどと協力して帝国主義的策動に深入りすることをこそ糾弾したのである。 今もインド洋での“テロ掃討作戦”にアメリカとともに従事している国は日本を入れて二十であって、そこから日本が離脱したからといって、世界の中で孤立するなどということはないのである。 日本の重要な同盟国であるアメリカが攻撃され(9・11テロ)、アメリカは“自衛”のための戦争に立ち上がったのであり、“自衛”のためにアフガンやイラクに襲いかかったのである。それなのに日本が傍観していていいのか、アメリカの“自衛”のための戦争を助けないとするなら、日米同盟の意味は、その存在価値は何なのか。憲法が集団的自衛権を認めているとかいないとか、その「存在」は認めているが、その「行使」は否定しているといった議論が空虚なおしゃべりでしかないのは自明ではないのか、問題はそんな“神学論争”では全くないのである。仮に憲法が認めていなくても、同盟国のアメリカが攻撃され、危機に陥っているとするなら、日本が助けに行くのはあたり前のことであって、それは同盟国の神聖な義務でさえある。何もしないなら、日本はアメリカを初めとする諸国家から見放されるであろう。 憲法だって? しかし憲法は「自衛権」を認めているというのが「解釈」ではないのか。そして日本に「自衛権」があるというなら、集団的自衛権もあるのであり、それが「存在する」というなら、その「使用」もまた可能であるのは言うまでもないことだ、云々。 かくしてインド洋で給油するくらいの行動は、当たり前の、最低限の「国際貢献」であって、むしろそんな程度にとどまっていることの方が問題なのである。 こんな風に息巻く反動どもや政府自民党が心配するのは、アメリカとの「同盟関係」であり、それにひびが入るようなことは決してしてはならない、ということである。 彼らは――小泉内閣の“外交”に特徴的に現われたのだが――、アメリカとの同盟こそが日本の「安全」にとって決定的に重要であり、それを決して損ねてはならないと強調するのである。というのは、アメリカは世界でもずばぬけた強大国であり、そんな国を攻撃しようという国はないからであり、したがってアメリカと同盟する日本にちょっかいをだす国もないだろうからである。 かつて一九三〇年代、アメリカは今ほどの強力な国家ではなかったが、それでもヒトラーはアメリカと「事を構える」ことだけは何とか回避しようとしたのであって、彼もまたアメリカに勝てる自信だけは持てなかったのである。今、金正日はいわずもがな、カダフィやフセインらも冒険主義に走って、アメリカとの戦争に賭ることはしなかったし、できなかったのであ。 国連よりも、アメリカとの同盟やその意思の方が日本にとっては重要であり、日本の「安全保障」の要である――これが、小泉の“外交”のすべてであり、根底であった。そしてまたこれは、今右翼陣営の多くが、テロ特措法の継続を何としても望む理由の一つである。 しかしこれはまた何という情けない、奴隷の安逸への願望であろうか。彼らは奴隷であっても「安全」でありさえすればいいと言うのだが、しかしアメリカとの同盟が「安全」を確保してくれるという保障は何もないのである。実際、「世の中は何が起こるか、わかったものではない」のである。 例えば、アメリカと結ぶということは、イスラム世界を敵にまわすということであるが、それはまさにブルジョア諸君があんなにも恐れるテロを呼び込む出発点になるかもしれないのである。また、ロシアや中国との敵対関係を深化するかもしれないのである。そして、これらの事態が生じて来るなら、それが日本の「安全」にとって深刻な意味をもつことは明らかである。 しかしそれも当然である、というのは、本当の危機、本当の危険は資本の階級支配にあるからであり、また現代の世界がしばしば利己的、帝国主義的行動に打ってでるブルジョア諸国家の集合体(算術和)としてしか存在していないからである。 このことを誰よりも理解していないのが、民主党の小沢である。 彼はアメリカは信用できないが、国連は信用できる、アメリカのやる軍事行動はアメリカの利害に貫かれた利己的なものだが、国連は違う、と幼稚な理屈をふりまき、国連の決議があれば、仮に武力的な介入であれ何であれ参加すべきだ、それは憲法違反ではない(というのは、国連はすでに国家を超越した機関であり、国家の論理にはしばられないから)と強調し、このたわいもない理屈と立場で、政府自民党と“対決”できると空想している。 実際には、小沢は政府自民党を助けているにすぎない。小沢の主張は、民主党が政府自民党と闘うのを不可能にしただけではない、政府自民党が民主党を、「憲法違反政党」と攻撃しつつ――政府自民党自身、そんな資格が全くないにもかかわらず――、自らの反動的な“外交”を正当化し、ごまかすことを可能にするのである。 小沢は現在の国際的体制とその“秩序”の内容を理解しない、つまらない愚者にすぎない。そもそも彼は国連の本質を理解しておらず、諸国家を超越した存在(“超”国家)と思い込んでいるが、国連はそんなものでなく、諸強国の共同支配の道具であり、それらの帝国主義的政策の一つの手段である。国連の政策は諸列強の妥協と取引を表現しているのであって、そこはまた世界中の国家の利害が争われる場でもある。 そしてもちろん、国連の立場や政策を左右し、支配するのは、アメリカを先頭とする諸大国の利害であるのは、誰でも知っていることである(小沢が知らないとするなら、彼の極端な無知と粗雑な頭脳を教えるだけだ)。 国連は、諸国家を超越した“超”国家ではなく、単なる諸国家の集合であり、各国はまさにその“主権”を保持し、保留したまま、そこに結集しているにすぎない。もし諸国家が主権を放棄し、それを国連に委託しているというなら――国連が“世界国家”といったものに転化しているとするなら――、小沢のように言えるかもしれないが、アメリカもフランスもロシアも中国も日本も、要するにすべてのブルジョア国家はその“主権”を完全に保持し続けているのだから、小沢の観念は根底からナンセンスである。 そして、日本は主権を保持しており、国連の世界政治に参加する場合も、“主権”国家として、その判断で参加するのだから、その活動が日本の憲法によって制約されるのは当然のことである。それを否定する小沢は、結局、“超法規的に”自衛隊を用いようとするウルトラ反動派と同じ立場に帰着して行くのである。ここにも、小沢の極端に反動的な本性が暴露されている。 国連の活動なら自衛隊が外国の武力作戦に参加しても憲法違反にならない、などという小沢は、最初からして、その前提からしてまちがっているのであって、こんな幼稚な間違いから出発する小沢の“外交政策”がばかげたもの、政府自民党を利するものにしかならないのは、けだし必然なのである。 そもそも小沢が「最終決戦」を呼号するが、ばかげているとしか思われない。一体どんな意味で「最終決戦」なのか、国家との決戦のことか、それとも福田内閣との決戦のことか。 しかし今回の国会が、あるいはテロ特措法が、政府や自民党との「最終決戦」であるはずもないのであって、今後いくらでも、それ以上の重大な戦役は待っているであろう。小沢が政府や与党と闘うに、今度の闘いが「最終決戦」になるなどと本気で考えているとするなら、ナンセンスの極地であろう。これは事実上、今回の闘いで民主党がなくなると言う自己破産宣言に等しくないのか。 それとも、彼は主体的な意味で、つまり小沢個人にとっての「最終決戦」と言っているのか。事実、彼は次回の衆議院選挙で勝てなかったら、民主党のトップを降りると断言した。 しかし個人にとっての「最終決戦」などを公然と口にする政治家は最低の政治家であり、個人的な野心と政治的な課題を混同しているとしか考えられない。こんな政治家は悪い政治家であって、ただ民主党といった堕落政党にのみふさわしい。 資本主義的矛盾の“微調整” 中国共産党大会が開催されている。胡錦濤総書記は、中国の「特色ある社会主義」とか、「科学的発展観」とか、「社会主義的民主を発展させる」とか、盛んに“社会主義的な”用語を振りまいているが、しかし労働者は中国の社会経済体制のブルジョア的性格について、どんな思い違いもすべきではない、というのは、今もって、中国は一種の「社会主義」国家、すなわち「市場社会主義」の国家であると信じている、とんまな諸君がいるからである。 しかし中国社会では、すでに国有企業も地方の公的企業も、私的企業もみな生産物を商品として生産し、交換している。そして利潤を目当てに経営し、労働者は労働力を売って生活するしかない、つまり企業体によって徹底的に搾取されている。 生産物を一般に商品として生産し、企業体が利潤を目当てに経営し、労働者が労働力を資本家や国家企業に売ることなしには生きていけない社会は、資本主義であり、資本主義以外ではあり得ない。 ケ小平の改革以来、中国は労働者の生活にも“環境”にもほとんど配慮することなく、農民を徹底的に収奪、分解しつつ、資本・賃労働の関係を発展・深化させ、資本蓄積に猛進して来た。 こうした典型的なブルジョア的社会が「社会主義」と言われるのは、まだ国家企業が大きな比重を占めているからであり、それが共産党の専制権力と結び付いているからである。 国有企業は、政府が管轄支配する一五五社の重点企業で、石油や電力や軍需に根を張っている。これらの企業には、政府の補助金が湯水のように注入され、あるいは優先的にカネが貸し付けられ、国家の庇護を受けながら、なおも大きな実力を、支配力、影響力を保持している。 そして地方権力のもとに数万もの公的企業があり、その後でようやく、雨後のタケノコのように蔟生してきた多くの(数百万と言われる)私企業群がある。 そして最後に外国の企業や、外国資本との合弁企業があるが、これらはその数以上に大きな意義と比重を――とくに商品輸出では――持っている。 私企業は大いにもてはやされ、今では中国経済ではごくありふれたものになっているが、しかしそれでも(製造業で見て)労働者数で三五%、生産額では二〇%を占めているにすぎない。 こうした体制では、企業活動が権力や共産党と癒着しながら運営されるのは避けられず、そしてそれは共産党独裁の客観的基盤でもあるが、それだけ利権や腐敗の巣窟になっていて、労働者人民の中に大きな不満や怒りを育んでいる。 国家資本主義の体制に留まっているとはいえ、すでに中国は世界第二の経済大国であり、近い将来に日本を追い越してアメリカにつぐ強大国になるのは確実であり、世界一になるのも時間の問題かもしれない。 中国の経済的発展の段階を教える特徴的な事実を拾ってみれば、中国のモータリゼーションはまだ始まったばかりだというのに、すでに昨年の自動車販売数は七百二十万台、日本を軽く追い越してアメリカにつぐ世界第二位に踊り出ている。そして数年後には、一千七百万台のアメリカに「追いつき、追い越す」勢いだという。 もっともまだ“量”に“質”が十分追いついているとは言えないが、しかしそれは急速におのずから解決されていくに違いない。 中国のブルジョア的発展は、労働者や農民の大きな犠牲と搾取の上にのみ強行されてきたのであって、その結果、今や中国社会の矛盾と敵対的な性格はますますはっきりしてきた。 空気や水などの“環境”も急速に悪化し、破壊され、まさに“環境問題”とは資本主義的生産の問題であるという真実が、生きた経験として明らかされたのである。 経済的矛盾は(環境破壊や労働者人民の貧困と苦悩の増大は言わずもがな)、株のバブルとして、カネ余り(つまりインフレへのすう勢)として、過剰投資・過剰生産として、国家と共産党の腐敗等々として現われようとしており(あるいはすでに現われており)、いつ激しい破綻や闘争が激発しても少しもおかしくない状況にある。 だからこそ、胡錦濤は「科学的発展観」といったもったいぶった観念を持ち出すのだが――こんな卑俗なものが、憲法にまで書き込まれるというのだから、中国支配層の思想的、知的レベルの程度が知られるというものだ――、これは要するに、成長一本槍を改めて、「持続可能な安定成長」(「小康〈いくらかゆとり〉のある社会」)を目指し、社会的な「和階」(調和)を目指すといった平凡なものにすぎない。 国家と共産党の官僚たち、支配層が、“経済成長至上主義”からの転換を唱え始めているのは、急速な資本主義的発展が生みだし、拡大してきた矛盾や階級対立の深さ、大きさを彼ら自身が感じるからであって、彼らは中国の労働者階級の闘いの爆発を恐れざるをえない十分な理由を持っている。我々は、それがどんな形で、いつ爆発して来るかは言うことはできない、しかしその必然性だけははっきり言うことができる。 日本のブルジョア支配階級は、中国の経済発展から大きな利益を刈り込みつつも、他方では、中国の強大国としての登場にある種の危機感をおぼえ、盛んに国家主義、軍国主義を煽りたて始めている。 もちろん、労働者階級は全く違った立場に立つのであって、中国の資本主義的発展は巨大な労働者階級の形成であり、それは人類の未来を左右する一つの決定的に重要で積極的な要素であると評価するのである。十三億の国家の労働者階級のエネルギーはどんなに壮大で巨大なものであろうか、想像するだけで心踊らせるものがある。 青木昌彦、お前もか 青木昌彦が、日本経済新聞の「私の履歴書」という欄で、自らの青春時代の、つまり“ブント”(一九五八年十二月から六〇年八月まで存在した共産主義者同盟)や六〇年安保闘争の思い出について書いている。 もちろん、青木は七十歳になんなんとする自分の人生の全体について書いているのだが、自分の主要な人生などほとんどそっちのけで、夢中になってブント時代の思い出に、あるいは自慢話に紙面を使っている。もう半分に来ているのに(今十四回目である)、やっと「ブント勢の見送りを受けて」、羽田からアメリカに出発するところで、その後の人生などまるで大した意義もないかであり、その後の“近代経済学者”としての“立派な”経歴や仕事も徹底的に空虚なこけ脅しにすぎないことを(それは確かにその通りなのだが)、自ら知っているからだろうか(“賢明なる”青木が、しかもかつてマルクス主義に染まり、その思想や方法で思考した青木が、それを知らないはずはない、だからこそ、彼の思いはブントの時代に、つまり自分がいくらかでも“輝いていた”過去の青春時代に戻っていくしかないのである)。 もちろん、私は青木の文章を読んで、まるで道端で犬の糞をふんづけたかのような、この世で一番汚いものを押しつけられたかのような、不快で、いやな気分に打ち震えた。 青木は少なくとも他の連中――例えば、西部邁など――とは違って、自分の“転向ぶり”などについて語らず、沈黙しているからまだましだ、もう少し利口であり、いくらか恥と遠慮の気分くらいは持っているのかと思っていたが、彼もまた西部等と同等の卑しい人間であり、単なるばか者(流行の言葉で言えば、“KY”人間)でしかないことを暴露したのである。 青木も西部等と同じく、ブントの闘いや六〇年安保闘争を“若気の至り”としてかたつけ、それから転向してブルジョア陣営に移ったことをまるで手柄話であるかに語り、正しい、まともな選択であるかに言いはやすのだが、ただ自らの志操の低さと俗物根性と責任能力の皆無を暴露しているだけである。 それでいて盛んに、ブントを作ったのは自分だとか、その思想的、理論的な根底は自分に負っているとか、自分の「日本国家独占資本主義論」はかなりのものだったとか、吉本隆明にほめられたとか、自慢たらたらなのだから、まったく何をか言わんやであり、あきれて口がふさがらないの体である。 そんなに自慢したいのなら、自らが鼓舞し、振りまき、多くの学生活動家を扇動してブントの闘いに駆り立てた自らの理想や思想を、なぜそんなにも簡単に放棄し、裏切るようなことをしたのか、できたのか。青木は答えるべきであろう。 青木はブントを作ったのも自分だ、その理論も自分のものだと言いたいようだが、しかし実際には、そのブントの指導部と理論的、実践的な立場は、安保闘争の後に開催された一九六〇年の夏の会議では、すでにほとんどすべてのブントの活動家から厳しく批判され、あるいは糾弾され、否定されたのであり、だからこそ、非難を一身にあびた青木は“いやけがさして”――根性も何もない“お坊ちゃん育ち”の本性を出して――、ブントと左翼運動から逃走したのではなかったか。 実際、六〇年の安保闘争の末期から、闘争直後の時期における、島や青木に対する、ブント活動家の非難と攻撃は激烈であり、執拗であって、その時期にはほとんど一握りの“お仲間”以外は、誰も青木や島や清水らを信用していないような状況になっていたのである。 もちろん、当時の“革通派”――服部信司とか星野中とか長崎浩とかいった連中――のヒステリカルな非難があったが、しかしそれだけではない、青木等よりも二年ばかり遅れて活動に参加した私や、それ以降の年代の活動家たちもみな、島や青木にとことんあいそをつかしたのであった。 我々の青木や島に対する批判は、服部や星野とはまったく別のものであり、むしろその反対のものからであった。つまり服部らは、青木、清水らのラジカリズムは中途半端で、にせものだと告発したのだが――したがって彼らはブントの急進主義以上の急進主義を持ち出し、それを欠いていたからといって青木らを攻撃した、すなわち青木や清水と同じ地盤に留まっていたにすぎない――、我々はむしろ青木らの根源に対して、つまり彼らが“学連主義的”であって(つまり学生運動の枠内でしか問題を立てられないで)、少しも「労働者的でなかった」ことに対して、そのいつわりの、口先だけの急進主義に対して反対し、そのプチブル的本性を告発したのであった。 いずれにせよ、青木や島はブント同盟員の集中的な、圧倒的な批判を浴びて敗れ去ったのであって、青木が自分がブントを作ったのだとか、その理論は自分のものだといっても、少しも自慢にも“功績”にもならないのである。 彼は“革通派”つまり「東大系が雲散霧消したのは当然だった」などと言うのだが、実際には、ブントのほとんどの活動家から厳しく批判され、総スカンを食って、すごすごと退散せざるを得なかったのは青木らの方だったのだ。青木は活動家としての、こうした不名誉で、無念やるかたなき敗北の“経歴”を隠している。 そして頭は空っぽで、政治技術的にしか動くことができない清水とか唐牛とか北小路とかいった連中は、青木の“理論”ではもう持たない、権威をたもつことはできないと悟ったからこそ、青木を“見捨てて”、大急ぎで黒田寛一の破れ衣のもとに緊急避難したのであった。清水らに見捨てられては、青木がやる気を完全になくしたのも当然というものであった。 この卑しい人間は、自分の転向を“世渡り”の上手な証拠として自慢し、清水や北小路は「必要な時には、人生のリスイッチを試みる勇気が欠けていたのではないか」などとえらそうに言うのである。つまり“ブル転”(ブルジョア的転身)こそ「勇気」ある行動だと開き直るのだから、こうした連中の破廉恥さ、人間的卑劣さには限度というものがない。 彼はうれしそうに、転向後のブルジョア陣営の“暖かさ”や寛大や“厚遇”をあげつらい、それに感謝するにやぶさかではないが、国家やブルジョア・インテリたちが青木らの“転向者”をチヤホヤするのは当然のことであり、昔からのことである、というのは、青木や西部やその他“ごまん”といる学生運動からの転向組は、まさに反体制運動の、労働者階級の社会主義、共産主義の闘いの不毛性、不可能性等々を証明するに一番説得力があり、役に立つ道具だてだからである。ブルジョアたちは青木とか西部とかその他、諸々の“裏切り者”たちを利用することを、その“価値”を十分に知っているのである。 青木は一九六一年三月の青木の下宿における、“プロレタリア通信”派の最後の会議について語っているが、真実の一部しか明らかにしていない。 青木はこの会議に、黒田派へ乗り換えると主張した連中と、「そう、我々は戦線逃亡する」と開き直った、恥ずべき青木とか西部とかいった連中しかいなかったかに言っているが、実際には、黒田派には決して行かないが闘いを継続すると明確に宣言した活動家も、私を入れて少なくも三人いたことを隠している。 つまりこの会議には十人ほど参加していたが、黒田派に乗り移ると言い張った清水、北小路、奥田らと、「戦線逃亡する」と開き直った青木や西部やその他一、二名と、黒田派になど決して行かない――その思想はプチブル的であり、単なる主観主義的なドグマの一種だから――が、闘いを断じてやめないと言った三人ほどの、三つの傾向に分かれたのである(十人ほども参加し、円座になってかなりゆったりと座っていたから、この部屋は青木がいうのとは違って、四・五畳よりももっと広く、少なくとも六畳くらいはあったように思われる――こんなことはどうでもいいことだが、まあ、この“会議”の雰囲気を知るには重要かもしれない)。 もちろん、この時も清水は「黒田派に行かないということは、“別党コース”なのか」と例によって我々を恫喝したが、しかしそんなものは、すでに“青木幻想”だけでなく、“清水神話”からもすっかり解放されていた我々には(我々はすでに新しいグループを組織し始めていた)、蚊が刺したほどの影響もなかった。 青木はまた、誰かにカネが入ったときには、新宿で楽しく飲んだとか書いているが、これも嘘である、というのは、青木のような“ブルジョア”出の人間はいざ知らず、清水や唐牛のような“ルンプロ”らには、どんなカネの入るところもなかっただろうからであり、新宿で“豪遊”するようなときは、しばしば全学連のカネで飲んでいたからである。もともと清水は公然と全学連のカネで生活していたが、これを非難する者は誰もいなかった、というのは、彼の全学連における指導的な役割は余りにはっきりしていたからである(私も、このことで清水を非難するつもりはなかった)。 しかし清水とか島とか青木とか唐牛らは、青木がきれい事にしているのとは違って、もっぱら全学連の費用で“飲み食い”していたのであって、あるとき、清水は私に「昨夜は一晩で新宿で五万円も飲んだ」と自慢したので、どこにそんなカネがあったのかと尋ねると、全学連のカネだとぬけぬけと白状したことからも、このことは明らかである。 私は「おれにそんなことは言わない方がいいぞ、いつかぶちまけるかもしれないからな」と警告を発すると、清水は、「いいよ、そんなことは嘘だと言うから。俺の言うことの方が林の言うことよりも信用される」などとうそぶくのであった。当時の五万円は現在の金額では数十万円で、私などが、都学連の執行委員をしていた間、つまり安保闘争の全期間中を通してずっと月二、三千円くらいのバイトをして「生活費(の一部)を稼いでいた」ことからしても、この金額の大きさが了解いただけるだろう。今清水との“約束”を果たして、ここに、この事実を「ぶちまけて」おく。 青木のように、多くの活動家を「世界革命」とか「共産主義」とか「スターリン主義者の打倒」とか大声で扇動しながら、また権力との闘争に駆り立てながら(樺美智子のように死んだ“同志”もおり、傷つき、障害を残した“まじめな”活動家も山といたのだ)、たちまちブルジョア的に“転向”し、しかもそれを誇り、偉そうに語るような人間は本当に卑しい人間、最低のクズ人間ではないのか。 青木はこれまでずっと、自分の“革命家”としての“経歴”や思い出について一切語らず、その点ではいくらか増しかと考えていたが、しかし青木もまた西部とか、その他山ほどいる――私の兄もその一人だが――くだらない連中と何ら変わらない俗物であることを自ら暴露し、かくしてブントという存在のプチブル的本性を確認する上で、最終的な仕上げをしてくれたのである。 恥というものを知らない、青木とか西部といった心根の濁ったクズ人間たち連中よ、せめて諸君は沈黙を守るべきではなかったか。諸君には、えらそうなことを言える資格は全くないのだから。我々の怒りと軽蔑は深い。 (林 紘義) |
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